「おいしい」は、どこで生まれる? — 第2回 / 全5回
冷たい料理でも、唐辛子が入っていると口が熱く感じます。反対に、常温のミント菓子で口の中がすうっと涼しくなることもあります。温度計で測る温度と、私たちが感じる熱さ・冷たさは、いつも一対一ではありません。
感覚は、体の外側の情報を受容体などが受け取り、神経の信号として伝えることで生まれます。その仕組みの一部には、温度だけでなく化学物質にも反応するものがあります。今回は、唐辛子とミントを入口に、感覚のスイッチの働きを見ていきます。
辛さは、甘味の隣にある「六番目の味」?
日常では「辛い味」と言いますが、唐辛子の刺激は、甘味や塩味と同じ味覚の分類として扱うものではありません。口や鼻の粘膜などにある感覚神経が、化学的な刺激を受け取る働きが関わります。
つまり、食べ物を感じる情報は味蕾からだけ届くのではありません。熱い、冷たい、ざらざらする、刺激がある、といった情報も加わります。第1回で分けた味覚と嗅覚に、さらに別の経路が加わると考えると、食体験の複雑さが分かります。
同じ料理に塩と唐辛子を加えても、変わる感覚は同じではありません。塩味を強くすることと、灼けるような刺激を強くすることを、同じ目盛りだけで説明することはできないのです。
カプサイシンが働きかける受容体

唐辛子の代表的な辛味成分はカプサイシンです。この物質に反応する仕組みを調べる中で、TRPV1というイオンチャネルが見いだされました。細胞の膜にあり、条件に応じてイオンが通ることで、細胞の電気的な状態に変化を起こします。
TRPV1は、カプサイシンだけでなく、強い熱などにも反応します。そのため、唐辛子による化学的な刺激が、熱さを感じる仕組みと一部重なるのです。「料理が実際に熱くなった」からではなく、熱にも関わる経路が刺激された、という点が面白いところです。
ただし、体の温度感覚をすべてTRPV1一つが担当しているわけではありません。複数の分子や神経の働きが関わり、刺激の強さ、持続時間、体の状態なども影響します。一つの受容体を知ることは入口であって、感覚全体を一個のボタンへ単純化することではありません。
ミントでは、冷たさにつながる経路が動く
ミントに含まれるメントールの清涼感には、TRPM8という別のイオンチャネルが関わります。これは冷たさへの応答にも関わる仕組みです。唐辛子とミントを並べると、化学物質によって温度に関連した感覚が生まれることを、対照的に理解できます。
ミントを口にすると、息を吸ったときの空気まで涼しく感じる場合があります。しかし、メントールが冷蔵庫のように周囲の熱を大量に奪っている、と考える必要はありません。「冷たく感じること」と「物理的に温度を下げること」を分けるのがポイントです。
食品によっては、成分が溶ける際の熱の出入りも口内の温度へ影響します。その場合の物理的な冷却と、メントールによる受容体への作用は、別の仕組みとして整理できます。涼しさという同じ言葉にも、複数の道があるのです。
ワサビのツンと、唐辛子のヒリヒリは同じ?

どちらも辛いと呼びますが、代表的な成分や関わる受容体、鼻まで届きやすいかどうかが違います。ワサビやカラシに特徴的な刺激には、イソチオシアネート類などが関わり、TRPA1などの経路が研究されています。
だから、ワサビを増やすことと唐辛子を増やすことでは、同じ料理でも刺激の場所や残り方が変わります。「辛さが何倍」という単純な比較は、測定法や刺激の種類をそろえないと意味が曖昧になります。
料理を言葉にするときも、「口の中に長く残る」「鼻に抜けるように感じる」と、場所と時間を加えると具体的になります。これは刺激を強くして試す提案ではありません。無理のない普段の食事で、自分が使っている言葉を少し詳しくするだけで十分です。
資料を読む|唐辛子からノーベル賞へ
2021年のノーベル生理学・医学賞の解説は、温度や触覚の受容に関する研究を紹介しています。唐辛子のカプサイシンやミントのメントールは、感覚を生む分子の仕組みを探る手がかりになりました。
研究の面白さは、身近な「辛い」「冷たい」という体験から、細胞で測定できる変化へ橋をかけたことです。受容体の発見によって、感覚を単なる主観的な言葉で終わらせず、どんな分子が何に反応するかを調べられるようになりました。
この記事の図は、熱とカプサイシンが一部共通の経路に関わること、冷たさとメントールには別の経路があることを整理したものです。全神経回路の再現でも、辛さの強さを比較する計測図でもありません。
「気のせい」ではなく、信号の仕組み
実温度が同じだから、唐辛子の熱さはただの気のせいだ、と言い切るのも適切ではありません。感覚神経への刺激が実際に起き、その情報を私たちが熱いような感覚として経験しているからです。温度計と感覚は、異なるものを測っていると考える方が分かりやすいでしょう。
この違いを知ると、食品の特徴と体の受け取り方を別々に考えられます。同じ刺激でも感じ方には個人差があります。辛いものを食べられるかどうかを、強さや優劣の問題にする必要もありません。
次回は、今度こそ実際の温度を変えたら、甘さがどう変わるかを見ます。溶けかけたアイスクリームが甘く感じられるのは、砂糖が突然増えたからなのでしょうか。それとも別の変化が重なっているのでしょうか。
参考資料
- Nobel Prize「The Nobel Prize in Physiology or Medicine 2021 – Advanced information」
- NIDCD「Taste Disorders」
- Lindau Nobel Laureate Meetings「Learnings From Chili, Wasabi and Menthol」
資料確認:2026年10月26日。本文の資料紹介は、明記した場合を除き当サイトによる要約・説明です。
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