上級コース|第5回/全10回
事業の価値を計算して、それを株数で割れば一株の価値になるのでしょうか。事業全体に帰属する価値を求めた場合は、その前に負債など他の請求権や、事業外の資産を整理する必要があります。会社という箱の中には、株主だけに属するとは限らないものが入っているからです。
この回では、前の回のDCFで求めた数字が何を表すかを確認し、株主、一株へと順に進みます。細かな調整ほど二重計上が起こりやすいので、足すもの・引くものより先に「すでに含めたか」を考えます。
事業価値と、株主に帰属する価値を分ける
架空の会社の営業事業の価値を1,000、評価に含めていない余剰現金を200、有利子負債を300と置きます。他の調整がない単純な例なら、株主価値は1,000+200−300=900です。発行済み株式から自己株式を除いた対象株数が100なら、一株あたり9になります。
1,000を直接100で割ると10ですが、それは負債や現金の整理を飛ばした数字です。一方、最初から株主向けのキャッシュフローを評価したなら、同じ負債をもう一度引くとは限りません。出発点がFCFFによる事業価値なのか、FCFEによる株主価値なのかを確認します。
| 整理する項目 | 架空の値 |
|---|---|
| 営業事業の価値 | 1,000 |
| 未算入の余剰現金 | +200 |
| 有利子負債 | −300 |
| 株主価値 | 900 |
| 対象株数 | 100 |
| 一株価値 | 9 |
現金を全部、自由に配れるお金と考えない
会社は日々の支払いに現金を必要とします。使途が制限された預金や、海外から移す際に制約がある資金もあり得ます。現金残高をすべて余剰と決めず、事業に必要な分をモデルでどう扱ったかを確認します。
事業価値の計算に含めていない事業外資産を加えるという考え方は便利ですが、すでにその資産が生む収益を予想へ入れたなら重複に注意します。例えば賃貸物件の収入を将来資金に含め、その物件の価値も別に全額足すと、同じ価値を二度数えることがあります。
所有している資産の帳簿価額と、処分して得られる金額も同じとは限りません。売却費用や税、売却可能性を考慮しない額を、そのまま株主へ戻る資金として扱わないようにします。確認できない場合は、無理に精密な調整をせず条件として残します。
当サイト制作。計算結果だけでなく、前提と未確認の点を残します。
負債の範囲は、事業側の計算とそろえる
有利子負債だけでなく、リースや優先的な請求権などの扱いが問題になる場合があります。何を差し引くかは、営業利益とキャッシュフローの段階でどう処理したかに関係します。費用としてすでに引いたものを、別の債務としてさらに引くと重なる可能性があります。
買掛金は一般に営業運転資金の計算へ含めて考えます。それを借入金と同じように再び丸ごと差し引けば、二重に負担を計上しかねません。まず営業上の項目と資金調達の項目を分け、モデルのつながりを確認しましょう。
連結子会社の事業を100%分評価しているなら、そのうち親会社株主に属さない持分にも注意が必要です。反対に持分法の投資を別資産として扱う場合は、利益や資金の予想に何が入っているかを照合します。企業グループの構造が複雑なら、単純な式で処理しきれないと認識することも重要です。
株数は、いつの何株かを確かめる
一株利益の計算に使う期中平均株式数と、評価時点の一株価値を考える株数は、目的が違います。期中に増資や自社株買いがあれば一致しないことがあります。決算書の一株情報、最新の発行済み株式数、自己株式の残高を確認します。
自己株式を除く株数が100から90に減れば、他の条件が同じなら一株の持分は変わります。ただし自社株買いには資金も出ていきます。株数だけを減らし、現金は元のままにしてはいけません。買った価格が価値に比べてどうだったかによっても、残る株主への影響は変わります。
例えば株主価値900、株数100の会社が、100の現金を使って10株を取得したとします。他の条件を固定すれば価値800、株数90、一株約8.89です。株数が減っても必ず一株価値が上がるわけではないことが分かります。取得前の一株価値9より高い10で買ったという、この架空例の条件が効いています。
聞き手ここが気になる
自社株買いで株数が減れば、一株の価値は必ず上がりますか?
案内役一緒に整理しよう
取得に使う現金も減ります。株数だけを変えず、取得価格と資金の減少を合わせて計算する必要があります。
希薄化には、新しく入る資金もある
新株を発行すると株数は増えますが、会社へ資金が入る場合もあります。株数の増加だけを見て、機械的に価値を同じ割合だけ下げることはできません。発行価格、費用、資金の使い道、優先的な条件などを確認します。
ストックオプションや転換可能な証券がある場合は、権利行使や転換の条件によって影響が変わります。すべてを今すぐ株へ置き換えた数を使えばよいとは限りません。高度な評価が必要な項目を、説明なしに一つの株数へまとめないようにします。
基準日がずれると、同じ現金を二度数えかねない
決算期末の現金残高を使いながら、期末後の自社株買いを反映した株数で割ると、現金と株数の時点がずれます。期末後に配当や増資、大きな取得があった場合も同様です。すべてを完全に調整できなくても、何が期末後に変わったかを注記します。
例えば期末現金200のうち50を使って自社株買いをしたのに、現金は200、株数だけ最新という組み合わせにすると、使った50が残っているように見えます。最新情報を使うこと自体より、数字の組み合わせが同じ時点を表すことが重要です。
ノートでは残高の基準日と、その後の大きな出来事を二段に分けると整理しやすくなります。推定が必要な部分には推定と書き、確定した開示と混ぜません。評価の一円単位を詰める前に、この時点の整合性を確認しましょう。
確認問題:現金が多い会社なら、必ず割安?
時価総額より現金が多く見えても、借入れ、必要な運転資金、事業の損失、他の請求権があるかもしれません。現金だけを切り出して、株主が自由に受け取れる額と考えることはできません。
この回のメモには、出発点の価値、追加した資産、差し引いた請求権、株数の基準日を並べます。最後に、それぞれが事業の予想へすでに含まれていないかを点検しましょう。次は、その資金を経営者がどう配分してきたかを見ます。
参照した資料と、この回の例について
Aswath Damodaran「Cash, Marketable Securities and Equity Options」(参照内容の要約)
事業評価と現金・他社持分・株式関連の権利を整理する論点を参照しました。掲載された過去の市場統計は現在の目安に転用していません。
資料確認日:2026年10月27日。計算・図解・確認問題は当サイト制作です。
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