上級コース|第1回/全10回
同じ会社を見ているのに、ある人は割安だと言い、別の人は高すぎると言う。どちらかが計算を間違えているのでしょうか。そうとは限りません。将来の利益、成長の持続期間、必要な投資、引き受ける不確実性について置いた前提が違えば、評価は変わります。
上級コースで身につけたいのは、強気な予想を言い切る力ではありません。自分がどんな条件を信じて判断しているのか、その条件が変わったら判断をどう見直すのかを説明する力です。第1回では、架空の企業を使って、一つの数字に飛びつかずに考える練習をします。
市場で付いた値段と、条件付きの評価を分ける
株価は市場で取引される値段です。一方、企業価値や株式価値の評価は、将来得られる利益やキャッシュ・フローなどを、ある方法と前提で見積もる作業です。評価結果は、未来の株価を約束する数字ではありません。
ここで「価値」と一言で済ませないことも重要です。事業全体の価値を計算しているのか、債権者などへの請求を考慮した株主に帰属する価値なのか。一株あたりへ割る前に、何を評価した数字なのかをそろえます。企業価値をそのまま発行株数で割ればよいとは限りません。
また、評価に使う情報の時点を記録します。先月の決算、昨日の開示、今日の株価が混ざったままでは、何を織り込んだ判断だったかを後で検証できません。「資料の公表日」と「評価した日」を残すだけでも、見立ては振り返りやすくなります。
三つのシナリオで、意見の分かれ目を見る
練習として、将来の一株あたり利益と、その利益に対して市場が付けると仮定した倍率を掛ける、単純なモデルを使います。これはPERを使った比較・シナリオの練習であり、企業価値を精密に計算するモデルでも、合理的な株価を証明する式でもありません。
仮に一株あたり利益を80円、100円、120円の三通り、倍率をそれぞれ10倍、15倍、18倍と置くと、計算結果は800円、1,500円、2,160円になります。すべて架空の入力値です。利益が増えれば倍率も必ず上がるという法則はなく、この例では二つの条件が動いた場合を並べています。
| ケース | 仮の一株利益 | 仮の倍率 | 計算結果 |
|---|---|---|---|
| 弱気 | 80円 | 10倍 | 800円 |
| 基準 | 100円 | 15倍 | 1,500円 |
| 強気 | 120円 | 18倍 | 2,160円 |
ここで大事なのは、中央の1,500円を正解と呼ばないことです。「利益100円が実現し、15倍の評価が付くなら」という条件が省略されているだけです。どの条件が実現するかを確定できなければ、数値だけを強く言い切ることはできません。
当サイト制作の考え方の図解。将来の株価や確率を示すものではありません。
二つの前提を同時に変えると、原因が見えにくい
シナリオは全体の姿を想像するのに役立ちますが、何に敏感な計算なのかを見るには、一つの条件だけを動かす練習も必要です。倍率を15倍に固定すれば、利益80円、100円、120円に対して、結果は1,200円、1,500円、1,800円です。
逆に利益100円を固定し、倍率を10倍、15倍、18倍とすれば、結果は1,000円、1,500円、1,800円です。前の三つのシナリオと比べると、利益と倍率の両方を変えたために幅が広がったことが分かります。このように条件を一つずつ動かして影響を見るのが、感応度を確かめる基本です。
精密そうな表を作っても、入力値の根拠がなければ計算だけが細かくなります。倍率を選ぶなら、比較する企業の事業、成長、収益の安定性、財務状態などの違いを考える必要があります。「同業だから同じ倍率」で片づけず、何が似ていて何が違うかを言葉にします。
予想利益の中身を、売上と費用へ戻す
一株あたり利益が増えるという見立てを置いたら、その根拠を会社の活動へ戻します。客数が増えるのか、単価が上がるのか、原材料費が下がるのか。利益を増やすために店舗、設備、人員へ先に投資する必要はないか。数字を現場の変化として説明できるかが重要です。
たとえば値上げで単価が上がっても、客数が減れば売上全体は期待ほど増えないかもしれません。新店で売上が増えても、開業費用や人件費の増加で利益が一時的に下がることがあります。よい変化だけを足し合わせた予想には、条件の食い違いがないかを確認します。
一株あたりという分母にも注意します。会社全体の利益が増えても、新株発行などで株数が増えれば、一株あたりの伸びは違ってきます。自社株買いや潜在株式の扱いも含め、どの株数を使った数字かを資料で確認します。既存の「IPO・増資・株式分割」の特集が、ここでつながります。
聞き手ここが気になる
三つの予想の真ん中なら、一番確からしい数字ですか?
案内役一緒に整理しよう
真ん中に置いたというだけでは、確率の裏付けになりません。どの前提を基準にしたのか、その条件が実現する根拠は何かを確かめる必要があります。
「悪い場合」は、都合のよい小幅な下落にしない
弱気シナリオを作る時、利益が少し減るだけの例にすると、本当に知りたい弱点が隠れることがあります。主要顧客を失う、資金調達が難しくなる、競争で利益率が下がるなど、その事業で何が崩れると見立てを維持できなくなるかを考えます。
赤字になれば、単純なPERの掛け算では説明しにくくなります。倍率を無理に当てはめるのではなく、資金がいつまで持つか、必要な追加調達があるか、事業が立て直せる条件は何かへ問いを切り替えます。使っている道具が役に立たなくなる場面を知ることも、上級の大切な学びです。
この三つのケースを並べても、結果が必ずその範囲に収まるわけではありません。想定外の出来事は残ります。また、勝手に三つを同じ確率にして平均しても、根拠のある期待値にはなりません。確率を置くなら、その理由と分からなさも合わせて記録します。
見立てを変える条件を、買う前に書いておく
評価のメモには、結論だけでなく「何を見たら考え直すか」を書きます。たとえば、新店の売上が想定より伸びない状態が続く、利益率の改善が確認できない、当初説明されていなかった大型の資金調達が起きる、というように、検証可能な条件にします。
株価が下がったこと自体と、会社について置いた前提が崩れたことは同じではありません。反対に、株価が上がったから自分の分析が正しかったとも限りません。市場全体の動きや別の材料の影響もあります。結果と判断過程を分けて記録すると、偶然の成功を万能なルールにしにくくなります。
今日の練習:予想を、確認できる三行に直す
「この会社はこれから伸びる」という一文を、三行に分解してみましょう。一行目は、何が増えると考えているか。二行目は、それを確かめる資料や数値。三行目は、どんな結果なら予想を見直すかです。たとえば客数の増加を理由にするなら、確認できる開示が本当にあるかも調べます。
開示されていない数字を、雰囲気だけで埋めないことも大切です。分からないなら、別の確認方法を探すか、その不確実性を残して判断します。上級とは、分からないことがなくなる段階ではなく、分かる部分と仮定の部分を丁寧に分けられる段階です。
この先は、利益の平常時への調整、現金の生み方、価値評価、資本配分、シナリオの整合性へ進みます。式を増やすたびに「その数字は何を表し、どの条件に依存するのか」と問い直す。その習慣を、全10回の背骨にしていきましょう。
参照した資料と、この回の例について
Aswath Damodaran(NYU Stern)講義資料「Valuations」(参照内容の要約)
評価モデルに置く成長・リスクなどの前提と、条件を変えた時の評価の変化を考える枠組みを参照。資料は過去の企業事例を扱い、現在の銘柄推奨資料ではありません。本文のPERによる三つの計算例は当サイト独自で、同資料の数値や評価結果の転載ではありません。
資料確認日:2026年10月26日。一般的な仕組みを学ぶための内容です。


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