走っている電車の中で、進行方向へボールを投げる。ホームから見れば、ボールには電車の速さが上乗せされるはずです。では、同じ電車の中で懐中電灯を前に向けたら、光もその分だけ速くなるのでしょうか。
答えは「ならない」です。しかも、光を追いかける人が測っても、向かってくる光を測っても、真空中の光速は同じ値になります。私たちの普段の経験からすると、かなり不思議な話です。
この不思議を理解する鍵は、「速さ」の計算に使う距離と時間を、誰もが同じように測るわけではないことです。ただし、これで自然界がなぜその仕組みを選んだのかまで解けたわけではありません。この記事では、実験で確かめられること、相対性理論が説明すること、その先に残る問いを順番に見ていきます。
まず「何が一定なのか」をはっきりさせよう
物理学で光速を表す文字は、小文字のcです。真空中の光速は、正確に毎秒299,792,458メートル。よく使う「秒速約30万キロメートル」は、これを丸めた値です。月までの平均距離を進むには約1.3秒かかります。
ここでいう光には、目に見える可視光だけでなく、電波、赤外線、紫外線、X線などの電磁波も含まれます。真空中を伝わるこれらの波は、同じcを基本の速さとして持ちます。
そして「誰が測っても同じ」という説明にも条件があります。特殊相対性理論では、互いに一定の速度で動く観測者が、それぞれの時計と物差しで測る状況を考えます。重力の影響がある一般相対性理論でも、十分に狭い範囲で局所的に測る真空中の光速はcです。遠方まで含めて距離や時間をどう定義するかという問題は、これとは分ける必要があります。光速不変の説明:Einstein Online
電車とボールでは通用する足し算が、光では通用しない
説明用に、電車が時速60キロメートルで走り、その中でボールを進行方向へ時速20キロメートルで投げたとします。日常的な精度なら、ホームから見たボールの速さは時速80キロメートルです。逆向きに投げれば、時速40キロメートルになります。
この計算では、電車の中でもホームでも「1秒」が共通で、「1メートル」も共通だと扱っています。人や乗り物の速さでは、それで困るほどの差は生じません。
ところが、光に近い速さを扱うと、この前提が使えなくなります。観測者が違えば、二つの出来事の間の時間や距離、離れた場所での出来事が同時かどうかについても、測定結果が変わるのです。時計が故障するのでも、目の錯覚でもありません。
例えば、地球から見て光速の半分で進む宇宙船が、前方へ光を出すと考えます。宇宙船の人が測る光速はc。地球の人が測る光速もcです。「0.5cの宇宙船から出たから1.5cになる」とはなりません。宇宙船と地球では、速さの分母と分子になる時間と距離の関係が、日常の足し算が想定するものと違うためです。

式を一つだけ使うと、違いが見える
同じ一直線上での速度を比べるとき、特殊相対性理論の速度の足し算は、次の形になります。uを宇宙船から測った物体の速度、vを地球から測った宇宙船の速度とすると、地球から測る速度wは、
w = (u + v) ÷ (1 + uv / c²)
です。日常ではuもvもcよりはるかに小さく、分母のuv/c²はほぼゼロです。そのため分母を1とみなせて、いつものu+vになります。日常の計算が間違いだったというより、非常に良い近似だったわけです。
光ならu=cを入れます。すると分子はc+v、分母は1+v/c。割り算の結果はcです。vがどんな値でも、宇宙船が光速未満で動いている限り同じ結果になります。
光以外でも違いは出ます。地球から見て0.5cで進む宇宙船が、船から見て0.5cの探査機を前へ放った場合、地球から見た探査機の速さはcではなく0.8cです。これは上の式に数値を代入した計算例です。速さをただ足し続けても、質量を持つ物体がcを越えることにはなりません。
光の時計を想像すると、時間の違いがつかめる
向かい合う2枚の鏡の間を光が往復し、1往復で1回刻む時計を想像してください。鏡と一緒に動く人には、光は上下に真っすぐ往復します。
その時計が横方向へ動いている様子を外から見ると、光が上の鏡へ向かう間にも、鏡は横へ移動しています。外から見た光の道筋は斜めになり、1往復の道のりは長くなります。
ここで、光が外から見たときだけ速くなれば話は簡単です。しかし光速は同じcです。道のりが長いのに速さが同じなら、1往復にかかる時間は長くなります。これが、動く時計の進みが観測者に対して遅くなる「時間の遅れ」を考える入り口です。光時計による説明:Einstein Online
この説明は、光速が一定であることから時間の関係を導いています。「時間が変わるから光速が一定で、その証拠は光速が一定だから時間が変わる」という循環した証明ではありません。相対性理論が採用する原理と、その原理から予測される結果を区別しているのです。

では、なぜ光速が一定なの?
「なぜ」には、少なくとも二つの意味があります。一つは、どういう仕組みとして説明できるか。もう一つは、なぜ宇宙はそもそもその仕組みになっているのか、という問いです。
前者について、特殊相対性理論は、一定速度で動く観測者に物理法則が同じ形で成り立つことと、真空中の光速が一定であることを基本に、時間と空間の関係を記述します。光速不変は、理論の途中で都合よく付け足した数字合わせではなく、その出発点にある原理です。
また、cは光だけの個人的な特徴というより、時空の構造に現れる定数です。時間の間隔にcを掛けると、距離と同じ単位で表せます。相対性理論では、この換算を通して時間と空間が一つの枠組みになります。真空中の光は、その時空に備わる限界の速さで伝わります。
ただし「なぜ、そのような時空の構造なのか」という最も深い問いに対し、現在の物理学が最終的な答えを持っているとは言えません。観測に合う原理と、その原理から導かれる説明があることは、「なぜ自然がその原理を採用したか」まで分かったこととは違います。
「そう定義しただけ」ではないの?
ここには少しややこしい事情があります。現在の国際単位系では、光速の数値を固定し、それを使ってメートルを定義しています。つまり、毎秒299,792,458メートルという数値が正確なのは、単位の定め方によるものです。メートルの定義:国際度量衡局(BIPM)
しかし、単位の定義が光の物理的な性質を作り出したわけではありません。光速の測定と、光を長さの基準にできるほどの再現性の確認が先にあり、それを踏まえて単位の定義が改められました。光速測定とメートルの歴史:NIST
キロメートル毎秒で表せば約30万、メートル毎秒で表せば約3億です。数値は単位で変わります。それでも、動く光源から出た光が単純な足し算で速くならないという関係は変わりません。「数値を固定する約束」と「自然が示す関係」は別の話です。
水の中で光が遅くなるのは、矛盾ではない
光速不変の話には「真空中」という条件があります。光が水やガラスの中を伝わると、物質中の電荷と電磁場の相互作用により、光の波の伝わり方は真空中とは変わります。通常の透明な物質では、光の伝わる速さを屈折率nを用いて、おおよそc/nと表せます。
ただし、波の山が進む速さ、光のまとまりが進む速さ、新しい情報が届く速さは、状況によって区別が必要です。「光を遅くした」という実験の見出しを見たら、何を測った速さなのかを確認すると混乱しにくくなります。
物質中では、その物質の中を進む光より速く動く粒子もあり得ます。チェレンコフ放射はその例です。それでも、粒子が真空中の光速cを越えたという意味ではありません。制限速度の基準を、真空と物質中で混同しないことが大切です。

光を追いかけたら、止まって見える?
どれほど速い宇宙船でも、質量を持つ船を光速まで加速することは、特殊相対性理論ではできません。光速未満で光を追いかけても、船から測る真空中の光速はcのままです。
変わり得るのは、光の色に対応する周波数や波長です。光源との相対運動によって、観測される光が赤い側や青い側へずれることがあります。「光の速さが変わる」と「光の周波数が変わる」は別の現象です。
なお、「光の立場では時間が止まる」という言い方は、直感的な表現として見かけますが、そのまま受け取ると誤解につながります。特殊相対性理論には、光と一緒に静止する観測者の座標系を作れません。光本人の時計や体験を、普通の宇宙船の乗員と同じようには語れないのです。

時間の進み方の違いは、本当に測れるの?
光時計の話だけでは、頭の中で都合よく組み立てた説明に思えるかもしれません。しかし、相対性理論が予測する時間の進み方の違いは、精密な時計を使って検証されています。
米国のNISTは、光を使う非常に精密な原子時計を比較し、日常的な移動に近い小さな速度でも、運動による時間のずれを測定しました。同じ研究では、時計の高さを変えたときの重力による時間のずれも調べています。後者は一般相対性理論の効果で、運動による効果とは区別されます。
これは光速をそのまま測る実験ではありません。大切なのは、光速不変から組み立てた理論が、光以外の時計の振る舞いについても予測を出し、実験で確かめられるという点です。不思議な言葉だけで成立している説明ではなく、測定と突き合わせられる理論なのです。精密な原子時計による相対性理論の検証:NIST
持ち帰りたいのは、この三つ
- 一定なのは、条件をそろえて測る真空中の光速c。水やガラスの中での伝わり方とは区別する。
- 光に近い速さでは、距離・時間・同時性の測り方を含めて考える必要がある。
- 相対性理論は光速不変を含む原理から多くを説明するが、自然界がなぜその原理に従うのかという最終的な問いは残る。
光速の不思議は、光が特別なエンジンで走っているという話ではありません。普段は共通だと思っている時間と空間のほうを、考え直す入り口なのです。
この疑問を、本でもう少し掘り下げるなら
「光の速さが同じなら、時間のほうが変わる」という話が気になったら、時間を軸に相対性理論を読み進める方法があります。
時間とはなんだろう 最新物理学で探る「時」の正体
『時間とはなんだろう』は、時間の測り方から特殊相対性理論、一般相対性理論、量子の世界へと話を広げる本です。出版社の目次では、光から時間を考える章と、重力・時空を扱う章が設けられています。この記事からもう一歩進んで、時間と空間のつながりを考えたい人の候補です。
松浦壮/講談社ブルーバックス。出版社の案内で内容・目次を確認する


この記事を読んだ方のコメント
[…] 光もこの場の話につながっています。なぜ真空中の光の速さは一定なのかを続けて読むと、「空気がない」と「何も伝わらない」が違うことを、別の角度から考えられます。 […]